クール・ドゥ・シャンブルは永遠に不滅

昨日のムルギー

不滅が永遠ってどういうこっちゃ。という。とにかくわれらが合唱団、最後の集会。結果的にそうなった。あつまったのは二十人強。もう誰も来ないかと思っていただけに、意外。この団の指導はもう引退、というK泉先生の決心は変わらなかった。みんなひとことずつ自分の思いを述べたが、結局解散というのは覆せなかった。続けたいひとはもちろんたくさんいたけど、それでも半分弱だった。続けたいひと(わたしとか)の思惑というのは、どこかしら保守的で惰性的で受動的で、団存続に必要な自主性とか実行力に欠けていた。辞めたいひとのほうにむしろ実行力のあるひとが多かった。つまり、これが必然ということなんだろう。それはわかる、わかるんだけど、納得がいかない。らしい。わたしは。
わたしにとっては5年かそこらの短い合唱経験。ようやく最近なんか掴めてきたとこだったので、このままそれを気のせいにしたくない。Bは一月くらい休んでそれから次を探せば、というけれど、そんな休んでたら、またもとの黙阿弥になってしまわんかね?
それにしても、マタイはそのくらいでかい経験だった。もうこれで終わっていいよ、とひとを成仏させるような、真っ白な灰にするような、すっかり腑抜けにするようなパワフルな作品だった。らしい。まあ先週の今日で、たったの一週間だったし。みんなの腑抜けっぷりはマンガみたいだった。すこし哀愁も漂っていて、世界の果ての海にむかってしゃべってるみたいだった。オルークのユリイカみたいな、天国とおしゃべりしてるみたい。
でもわたしはまだまだ泥のような夢の中にいる。まだまだ受難曲のあいだでうんうん唸っている感じ。
夜はいつものお好み焼き屋へ。義妹弟と合流。おしゃべり。なにをしゃべっていても、寂しくなってしまう。なんで物事は終わるのか。