八王子でムットーニ

八王子夢美術館でムットーニ展。
去年これ見逃したので、今回は気がついてよかった。いいのか、500円、安すぎないか。というほどたっぷり見た。たくさん見たってこと。いつもは世田谷文学館で3つか4つずつしか見れないから、そういうものかと思っていた。そもそも文学寄りなものばかり見てたんだなこれまでは(文学館だけに)。せたぶんにもひとつだけ音楽ものがあって、ブームの宮沢さんの歌をテーマにした「書きかけの歌(歌の精霊)」というからくり箱、これ異色と思っていたけど、ムットーニ全体から見ると決して異色じゃなかった。
今回の展覧会、週末にはムットーニ自身が登場して、からくり箱の横に立ち、口上を述べる。見世物小屋か、キャバレーの、どこかしら、いかがわしい支配人のような、あるいはときどき陰で見に来たこどもを食べちゃう、かどわかしちゃうと噂される、ちょっと怖い紙芝居の弁士のようなたたずまい。かつぜつよい、リズムのある独特の口上。2時の回も、3時の回も聴いた。ムットーニの口上は、うるさく、なれなれしく、いかがわしく、それでもってぐっと、泣けてしまう。今宵ひとや、命の火を燃やして輝く歌姫の、一夜かぎりのクリスタルキャバレー、ロケットで遭難して、地球の引力にひかれ墜ちていく宇宙飛行士の見た万華鏡のような星々と思考、船室に閉じこもったまま海に沈んだ少女の歌と、それになぐさめられる海で死んだ者たちの魂……小説って自分で読むのもいいけど、別の人の口から、別の人の読んだそれを伝え聞くのもまた楽しい。またいちだんと切ない。
ムットーニの箱ってのは、それぞれが出番を待っている。出番が来れば、スポットを浴び、輝いて、きらびやかな、ゴージャスな歌で、パフォーマンスでお客さんを存分に楽しませ、出番が終わると、かちりと命こと切れて、ドラキュラが棺に帰るように、箱の中で眠る。怖いんだけど、いかがわしいんだけど、はかなくて、美しい。
いかがわしいものが聖なるもの、というと語弊あるけど、いかがわしいもののなかにはかならず聖なるものが宿っている。箱たちを「このこたちはね」と愛おしげに客に紹介するムットーニ見て、思ったとおりのひとだなと思った。やっぱりそうだったな。そして、ほんとに時間の外にいる支配人のよう。わたしが歳とって死んだあとも、百年後、二百年後も、お客さんの前で口上を述べてそう。